■甘すぎた果実■第02話 byアキ君
夢をみた。
それは幸介とはじめて出会った頃のこと……
俺に弟が出来た。
十歳以上年下の弟が出来るなんて思ってなかったからどうすればいいのかわからなかったけれど、それ以上に困惑したのが俺に全く心を開いてくれなかったことだ。
一緒に暮らし始めて「おはよう」とか「おやすみ」なんて声をかけてみても。
「……!!」
びくっ! ……と体を震えさせ、目線をそらして自室へと逃げていってしまう。
「どうしろっつーんだよなぁ……」
一緒に暮らし始めてから。
頭を抱える毎日だった。
「お休み。幸介くん」
「……!」
就寝前に廊下で幸介くんと顔を合わせたので、俺はめげずに声をかけてみた。
けれど、幸介くんは目を泳がせて、明らかに困り顔。
泣きそうな顔をして自分の部屋へと逃げるように去っていく。
「なんだかなぁ」
俺はあたまをぽりぽりとかきながらつぶやく。
どうしていつもあんな対応をされるのだろうと考えてみると『極度の人見知り』なのではないか……というところに行き着く。
更に……まだこの状況に慣れていないのではないかと。
そりゃいきなり新しい家族が出来たなんていう状況になかなか慣れることが出来るはずがない。
しかも、幸介くんはまだ小学生だ。
親の都合だからとわかっていても割り切れることではないだろう。
今まで全く面識のなかった人間と毎日顔を合わせ『家族』として付き合わなければいけない生活が、幸介くんの負担になっているのだろうと考えることは出来る。
……しかしながら。
こういうことを察することが出来たとして俺に何が出来るんだろう?
結局はそこに行き着く。
いきなり出来た『弟』。
そりゃ一緒に暮らしているんだから仲良くはしたい。
けれど、仲良くするためにどうしたらいいのか。
そんな思いを抱えながら廊下で立ち止まっているとふと気がついたことが。
幸介くんの部屋から全く明かりがもれてこない。
そこで俺はふと思い出す。
そういや夜に幸介くんの部屋から明かりがもれてきていたことってあったっけ?
度々、廊下で顔を合わせることがあった。
幸介くんが自室から出てくるところも見たことがあったはずだ。
そのとき。
部屋の明かりはついていたか?
いつも真っ暗だったんじゃないか?
幸介くんはいつも真っ暗な部屋の中で過ごしているのか?
………俺は少しためらいながらも幸介くんの部屋へと足をむかわせ、扉をノックする。
「幸介くん。……入るよ」
扉を開くと、そこはやはり暗闇だった。
廊下の明かりに照らされて、室内の様子が浮かび上がる。
そして。
部屋の隅で膝を抱えて泣いている幸介くんの姿がそこにはあった。
「……幸介くん!?」
俺の声に幸介くんはびくっと震えて、涙を指で拭く。
「……もしかして、毎日そうやって泣いてたの?」
幸介くんは目を真っ赤にしながらも、口をへの字に結んで首をぶんぶんと横に振る。
「泣いて……ない、よ」
珍しく幸介くんが俺に対して話してくれたその言葉は……一瞬でウソだとわかった。
俺は静かに扉を閉める。
再び闇が支配した部屋の中にふたりきり。
俺は幸介くんの隣に座り込む。
幸介くんの戸惑いが伝わってくるような気がした。
「嘘……だよね? 今、言ったこと」
再び幸介くんは首を横に振る。
そうやって必死に否定すればするほどにそれがウソであるということを証明するようなものだった。
だって、幸介くんの顔はあまりにも苦しそうで、その目からは涙が流れていたから。
「今までずっとひとりで我慢してたの?」
「そんなこと……ない。我慢なんて、して、ないもん」
「誰にもそんな姿見せなかったよね? それは我慢してるっていうことなんだよ?」
「……違う、もん」
そうつぶやく幸介くんの声は今にも消えてしまいそうだった。
「……新しい家族が出来るのは嫌だった?」
俺の問いかけに幸介くんは少し考え……
「嫌だったけれど、嬉しかった」
そう答えた。
俺はその答えに思わず苦笑し。
「俺と一緒か」
そうつぶやく。
「……祐司さんも?」
幸介くんはどうやら驚いたようだ。
「そうだよ。父さんは仕事ばっかりでさー。いつも家にいねぇの。だから……家に誰かいてくれたら嬉しいのにな、って思ってたけれど。でも、いざ父さんが再婚するってなって…弟も出来るって聞いて。上手くやっていけるのかな、とか。どうすればいいんだろうとか。そんなこと考えて」
こんなこと父さんには言ったことなかった。
でも……幸介くんには言ってもいいという気がした。
「俺も! 俺も……そうだった。一緒」
「そっか。一緒か」
俺と幸介くんは違う場所で同じような時間をきっと過ごしてきたのだ。
「そっか。一緒だよなぁ。そうだよなぁ。……そりゃそうか……」
俺は幸介くんのあたまをポンポンと撫でて。
「なんていうか、すげぇ今更だけどさ。言わせてくれるか? ……これからよろしくな。幸介くん」
きっと……ここからが俺と幸介くんのはじまりだ。
「うん。……そうだね。これからよろしく。祐司さん」
幸介くんも幸介くんで思うところがあったようだ。
その声、その態度からは今まであんなにびくついていた面影は無い。
「呼び捨てにしてくれていいよ。だって……俺と祐司さんは兄弟なんだから」
「じゃあ、俺のことを『祐司さん』なんて呼ぶなよ。だって、兄弟なんだろ?」
お互いに苦笑して。
そして、幸介は言った。
「うん。わかったよ。……
「にーちゃん? こんなところで寝ちゃダメだろ? 風邪ひくぞ?」
「……ん?」
目を開くとそこには鬱陶しそうな目で俺のことを見る幸介の姿。
「なんでリビングの床に突っ伏して寝るかなぁ。せめてソファに寝ろよ。てか、ベッドで寝ろよな」
俺はため息をつき。
「……あれがこれになるんだからな。詐欺だよな」
思わずつぶやく。
「は!? 何それ? 意味わかんねーし! てか、心配してやってるんじゃねーかよ。なんだよそれ」
ま、これが本当の幸介だったわけだけれどな。
「幸介」
「ん? 何?」
睨んでくる幸介に向かって俺は言う。
「お前に出会えてよかったよ」
それを聞いた幸介は顔を真っ赤にする。
「え? え? え……? どうした、の? 何を……え?」
突然のことでパニックになったようだ。
けれど。
ぷいっとそっぽをむきながらも。
「……俺もだよ」
そうつぶやいた。
俺は見逃さなかった。
幸介がほんの少しだけ。
はにかむように笑っていたのを。